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2014年10月

2014年10月26日 (日)

なぜ玄米を勧める気をなくしてしまったのですか?という質問への答え

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【なぜ玄米を勧める気をなくしてしまったのですか?】

【なぜメールセミナーをやめたのですか?】


という質問をいただいていたので


『The Rules of Life』の冒頭部分の言葉を借りて

その質問に応えてみます。


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自分を変えることがうまくいくと

他の人にもそれを話したくなる。


人生が変わりはじめると

それを他人に話したくなるのは当然だが

しかし、その衝動は抑えておいた方が賢明だ。


たとえば、愛煙家に禁煙の秘訣を教えようとすることは

それが親切心から来るものであっても

相手にすればうっとおしいだけの話。


禁煙する準備ができていない人に

禁煙する方法を教える必要はない。


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ということですね。


助けを求められてもいないのに

助けようとする必要はないでしょう。


それはしょせん己の驕りでしかないですからね。


「玄米」も「健康創造の理」も

健康な人にそれを伝える必要などありませーん。


2014年10月12日 (日)

※今朝の辛かった出来事とは?※

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もうずいぶんと長い間『苦しい』という感情を感じたことがなかったこの私が

今朝は久しぶりにあぶら汗が滲むほどの苦しさを味わった。



里山の中を散策中の出来事である。




・・・それは不意にやってきた。



そう、意識で出せるのであれば、あらかじめ出しておいたモノを、

私は今朝に限って出さなかったのだ。



猛烈な便意に襲われた私は、

セイタカアワダチソウと蜂達の群れの中で、

勇敢にも野糞にチャレンジしようと試みたのだが、



・・・しかし、イイ年をした大人が野糞をするなど恥ずかしいことだという『固定観念』が、私のチャレンジを阻んだ。




・・・出したくても出せない。



私の心は早く出したいと切望しているのに、

私の頭が『そんな恥ずかしいことはしてはならない』と、

私の願望を堰き止めてしまうのだ。




そうした中で、途中プップともらしながらも、

なんとかブリッともらすことだけは避けながら、

這々の体でセブンイレブンに駆け込んだ私は、

ようやく出すべきモノを出して至福の時を迎えることができた。




・・・いつの時も『苦しみ』という感情は、

出すべきモノを出せないときに味わう羽目になるものだ。



出すべきモノを出せない『理由』、

そうした固定観念を抱える人が、いつだって苦しむ羽目に陥ってしまう。




そんな理に屈してなどいないで、理を解放し、

出したいモノを出すだけで、いつでも至福の時を味わえるのに。




2014年10月 8日 (水)

健康のために生きる必要などない


タイゾーさんは健康なので健康には興味がない。

健康な人が健康に興味を持つことなどない。

健康のために生きる必要などあるわけがない。


心身共に健康な子供や若者が、病人に興味を持つようであれば


それはある意味で「病気」なのかもしれない。

健康をビジネスにすると、不健康な人を見出す必要があるが


タイゾーさんは不健康な人が嫌いなので、健康のためのビジネスはもうやめた。

タイゾーさんは自ら病人へと貶めてしまう人が嫌いなのだ。


健康に生きるためには、すべてが健康であるように考えるところから始まる。

・・・それは意識の問題なのだが

病気の者は己の怖れに囚われているために この単純な真理の理解を忘れる。

病を得た者が病気なのではなく


病を怖れる者が病気なのであることを 努めて謙虚に知らねばならぬ。

玄米屋たいぞう食語録