日記・つぶやき Feed

2014年10月12日 (日)

※今朝の辛かった出来事とは?※

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もうずいぶんと長い間『苦しい』という感情を感じたことがなかったこの私が

今朝は久しぶりにあぶら汗が滲むほどの苦しさを味わった。



里山の中を散策中の出来事である。




・・・それは不意にやってきた。



そう、意識で出せるのであれば、あらかじめ出しておいたモノを、

私は今朝に限って出さなかったのだ。



猛烈な便意に襲われた私は、

セイタカアワダチソウと蜂達の群れの中で、

勇敢にも野糞にチャレンジしようと試みたのだが、



・・・しかし、イイ年をした大人が野糞をするなど恥ずかしいことだという『固定観念』が、私のチャレンジを阻んだ。




・・・出したくても出せない。



私の心は早く出したいと切望しているのに、

私の頭が『そんな恥ずかしいことはしてはならない』と、

私の願望を堰き止めてしまうのだ。




そうした中で、途中プップともらしながらも、

なんとかブリッともらすことだけは避けながら、

這々の体でセブンイレブンに駆け込んだ私は、

ようやく出すべきモノを出して至福の時を迎えることができた。




・・・いつの時も『苦しみ』という感情は、

出すべきモノを出せないときに味わう羽目になるものだ。



出すべきモノを出せない『理由』、

そうした固定観念を抱える人が、いつだって苦しむ羽目に陥ってしまう。




そんな理に屈してなどいないで、理を解放し、

出したいモノを出すだけで、いつでも至福の時を味わえるのに。




2014年8月20日 (水)

自分をもっと理解しなければいけないのか?そうでないのか?

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つい先日のこと


「自分をもっと理解する必要がある」という言葉に出会った。

・・・私も以前はそう思っていた。

自分を理解しなければならない。

人を理解しなければならない。


そう渇望していた。

人は理解できるものではないということを

頭で知ってはいたが、「理解できない」という名の不快が

自分と他人を理解しようとする衝動へと駆り立てた。

しかし、今はもう、自分をもっと理解しようとか

人をもっと理解しようとか、そんなことは渇望していない。

なぜなら人は、人を理解することなどできないから。


私は自分のことを理解することなどできないから。


人の世界は一瞬たりとも同じ時はない。


常に理解できないことばかりが生じているのが人の世界だ。

諸行無常である。

そうした人の世界で、自分や他人の理解をどれほど渇望したところで

それを理解することはできない。


・・・できるのは、理解したつもりになることだけだ。

釈迦はかつてこの世を「一切皆苦」と呼んだ。

そう、まさにそのとおり

愛情が「一切皆苦」という言葉を生じさせた。


一切皆苦の世界で、わざわざ苦しみを見出す必要などない。


というよりも、一切皆苦の世界で苦しみを見出すことはできない。

白しかない世界で白を見出すことはできない。


白しかない世界で、赤を見出すからこそ、白を見出すことができるのである。

自分を、他人を

理解できない不快の衝動から


自分に、他人に

どれほど理解を求めたとしても


残念ながら理解はできない。


できるのは、理解したつもりになることだけだ。

それが分からない間は、

”自分が理解した”という幻想の中で

理解できないという名の不快を見出し続けながら

永遠に理解を求め続けることになる。


しかし、他人に対して、もしそれを咎めるようなことがあれば

それほど馬鹿らしいこともない。

まるで草木や獣に息をするなと言うようなものだ。

この世は所詮、一切皆苦だからこそ

人は、私は、いつでも理解したつもりになれるのである。

2014年2月21日 (金)

深夜のラーメンは体に良い?悪い?あなたはどっち?

 

 

世の中には「深夜のラーメンは体に悪い」という信念を抱いている人がいます。


 

そういった方々の信念の根拠は、おそらく


他人がはじき出した科学的な統計データにあるのだろうと思いますが


 

今の私は科学的な統計データに囚われてはおりませんので


深夜のラーメンが体に悪いなどとは決め付けていないし


他人様にもそんなことはいちいち言いません。



 

科学的データに囚われると、自分の可能性を貶めてしまいますからね。



「そんなことはありえない」と。



ありえないことを信じた人は、それをありえないことにするために


わざわざ気をつかうこともあります。




 

それに比べて、深夜のラーメンも体に良いと信じている人は


ラーメン屋の店員さんに良い氣を配ることができるし


一緒に食べている人に良い氣を配ることもできます。



またラーメンを構成する食材の命に良い氣を配ることもできるし


その命で構成されている自分の肉体にも良い氣を配ることができる。



良いと信じているので、無意識に良い氣を配っているのです。



エネルギー(氣)をつかうのではなく、エネルギー(氣)を配っているので


詰まりが生じることはなく、円滑な氣(エネルギー)の流れの中に在り続けます。



常に健全で在り続けています。




・・・ま、この話は「非科学的だ」と一笑に付す方も多いかも知れませんけど(苦笑)




今の私は他人様のはじき出した科学的データを拠り所にしながら

 

「深夜のラーメンは体に悪い」と信じている人の信念を否定するつもりはありませんが


 

その信念を守るために、あれこれと気を使うよりも


「悪い」ではなく「良い」と信じる氣(エネルギー)を配った方が


他人も、自分も、良いと感じることができるのではないかと思いまして

 

この話を書いてみました。

 

 

 

押し付けるつもりはありませんが

 

無理なく良い氣を配ることのできる自分に成る。


私の永遠のテーマですね。

 

 

 

2014年2月 9日 (日)

肝臓がん発症過程解明の新聞記事を読んで思ったこと


今朝、新聞を読んでいたところ

肝炎ウイルスによる慢性肝炎から肝臓がんを発症するメカニズムを

愛知県がんセンター研究所がマウスの実験で解明し

アメリカの学会誌に発表したという記事が、この目に飛び込んできた。

 

普段はこの手の記事はあまり見ないようにしているのだが

あまり更新していないブログのネタにしようと思い、珍しく目を通してみた。

 

 

肝臓がんは8割以上が、肝炎ウイルス感染後、慢性肝炎や肝硬変を経て発症する

とされているが、ウイルス感染後に遺伝子異常が起こることは分かっていても

発症の仕組みについてまではこれまで解明されていなかった。

 

そこで、愛知県の研究所の人達は、人の肝細胞を移植したマウス47匹を用いて

発がん過程の解析を試みたそうだ。

 

肝臓がんはメチル基が化合する「メチル化」によって

遺伝子の機能に異常が起きることが原因となるらしいが

メチル化を抑制することでがんの発生を防げる可能性があるとのこと。

 

B型やC型の肝炎ウイルスに感染すると

免疫反応によってウイルスを排除しようと免疫細胞が活性化し

ウイルスを攻撃するのだが、その影響で肝臓で炎症が起きて

タンパク質が増加することになる。

 

その増加した免疫細胞やタンパク質は、肝細胞を傷つけ破壊してしまう。

 

肝臓は沈黙の臓器と呼ばれているように、痛みを感じることはなく、

また再生能力の高い臓器であるため、無意識のうちに修復されるが

破壊と修復を繰り返す過程で、メチル化が生じて遺伝子機能に異常が発生し

がん細胞が生まれるのである。

 

研究所の近藤豊制御研究部長によると

 

「炎症はウイルスなど『外敵』を排除する反応だが、こうした防衛活動が

がんを引き起こすという皮肉な仕組みが分かった。

抗炎症作用をもつ薬を投与することで、肝臓がん発生の抑制が期待できる」

 

とのこと。

 

 

 

こうしたメカニズムについて、じつは自分はずっと前からそれを理解していた。

 

今から6年前にも拙い文章ながら記事を書いている。

http://genmaiya-taizo.com/post_65.shtml

 

 

そして排除こそが自身の怖れの原因となるということについても

もっとずっと以前から直感的に気づいていた。


だからこそ自分はこれまで排除という現象を、神経質なまでに嫌っていたわけだが

しかし排除を嫌っている自分自身が、結局は排除を求めていたのだということに

気づくまでには、それから何年もの月日を要することになった。


なんとも間抜けな話である。


 

人とねずみとの違いは

 

コミュニケーションの可能性を”意思をもって”拡げることができるか?否か?


そこにある。


 

排除に意識を向ける必要はなく、排除という言葉に囚われる必要もない。


全てのコミュニケーションは同和の喜びへとつながる。


 

意思をもってあらゆるコミュニケーションの可能性を拡げよう。

 

それがタイゾーさんの宿願なのだろう。



 

2013年11月 7日 (木)

今年も脱化石燃料自然農法の玄米をゲットしました!

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今年も脱化石燃料農法にて



無事コシヒカリをゲットできました。




・・・とはいえ、収量は昨年の半分。




そして味の方はと言いますと



・・・旨さとは違う味があります。



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タイゾーさんは「人にたくさん食べてもらうこと」を目的にして



米作りをしているわけではありません。




じゃあ、何を目的にしているのか?と言いますと



一言でいえば「ちょうど良い」を創造するための米作りです。



なんのこっちゃ分からん・・・と思われるかもしれませんが(汗)



この玄米は1kg1万円での販売予定です。

(ただ今販売ページ作成中)



おそらく99.7%くらいの人が、高いと思われるでしょうケド。

 



玄米屋たいぞうの玄米販売ページ





2013年5月 9日 (木)

日本で最高のマーケティングとは???

 

日本で最高のマーケティングとは?


 

『日本で最高のマーケティング  ・・・仕掛けるのは医者』

 

 

 

・・・っていう、なかなか興味深い言葉を、

 

フェイスブックのタイムライン上で発見しました


 

平 秀信さんという方です ⇒ 平さんのフェイスブックページはこちら

 


 

・・・この平さんという方、フェイスブック上では、

 

なかなか面白い話を色々と書かれておりましたが(笑)


 

 

最近よく耳に入ってくる

 

 

「首都圏では医師が足りない」

 

 

とかなんとか言うのも、


 

それは「人の集合意識」が引き起こしているマーケティングであって


 

医療業界の方々の「無意識的な仕掛け」になるのかも知れません。



 

医療・医薬業界だって、あくまでも営利団体の一つですからね



 

政府の保護政策の影響もあり、人心に歯止めが利かない



 

今の医療・医薬業界の在り方、



国の在り方、


 


・・・そして何より、自分自身の在り方を変革するために




(医療業界に仕掛けられているかもしれない)


 

・・・ということを自覚できると、



自分でも知らぬままに「依存」に陥っていたような人にも


 

余計な不安を払拭するためとなる

 


「自立と自律の力」が生まれ始めます





そしてようやく



主体的かつ対等なる相互依存の道を




楽しむことができるわけでして。

 

 

・・・以下、平社長のフェイスブック記事の引用です。

 

 

 

日本で最高のマーケティング 仕掛けるのは

 

・・・・・医者!

 

私は血圧が身長より高かったです。

 

このままでは高血圧でなにかの病気を引き起こし 死ぬかも・・・  と言われ、

 

降圧剤を飲みはじめました。

 

それから20年近く飲み続けていました。

 

が!!!

 

友人の仙人に教えられた方法で、今では 血圧は正常です。

 

逆に、精力が上がってしまい、止められない 状態です。(笑)

 

20代の彼女も「もう許して」という感じです(笑)

 

医者に言われ降圧剤を飲み続け、、、

 

いったい 今までいくらのお金を払ったでしょうか?

 

日本では、1988年降圧剤の売上げが 2000億円。

 

2008年にはなんと1兆円を超えたそうです!

 

20年間で売上げが6倍です。

 

これは、医療機関がマーケを仕掛けたからです。

 

高血圧の基準を下げたら(160から130とか) 降圧剤の売上げは上がったということです。

 

驚きものの木ですね。

 

 

中略

 

 

今持病のある人は、ハーブとか、野菜ジュースを 研究し、自分で病気を治したほうがいいです。

 

そうでないと、医者に病気にさせられてしまいます!

 

 

 

 
 

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2013年4月16日 (火)

社会主義者と不食と食育

昨日のことです。

お世話になってる方のお誘いを受け、

地球村という団体の代表である高木さんという人の

講演会と座談会に参加しました。

その講演会は、社会主義国家であるキューバの良さを伝えるためとして

開催されたようですが、

高木さんはその講演の中で、

「私は一日一食で充分で、その方が調子が良い、逆に活発的な行動もできる」

そういった内容のコトをおっしゃっておりました。

高木さんは資本主義を全否定するかのような思想をお持ちのようで、

座談会の時には、今の栄養学などの在り方についても、やんわりと否定し、

「その気になれば、私は不食にもなれると思う」

と豪語しておりました。

スゴイですね~

(ちなみに高木さんのいう「不食」ってのは、何にも食べなくても生きることができる人のことを指してます)

・・・でも、まァ、意識一つでいくらでも可能性は拓けますからね。

僕は別に高木さんの言葉を疑いなどしません。

・・・で、その時ですねー、 対面に座っていた女性がこう言いました。

「私は一日三食でないと我慢できないんですケド」

僕はそのとき、その女性の発言には、

「一日一食が地球環境や未来のために良いというのは分かるんだけど、

どうしても食べたい気持ちになるんです。

どうしたら良いでしょうか?」

というニュアンスが含まれていると思ったんですが、

・・・ただ、高木さんは、その女性の言葉に対して、こう言いましたよ。

「私は何年か前にも、あなたに同じことを言ったが、あなたはバカですか?  

世界的にも一日三食を食べるような人間は少ないんですから。」

・・・まるで女性を責めるかのような口調で諭しておりました。

いや~、まるで一昔前のタイゾーさんを見ているようでした。

タイゾーさんも3年ほど前に、こういったことをHPに書いていますしね。

http://genmaiya-taizo.com/cat66/cat21/post_98.shtml

・・・人と人の間にはね、そりゃァ「バカの壁」があるもんです。

そんなモンですヨ。

それは仕方がないことであって、

仕方がないことなのに、 人様をバカ呼ばわりしたら、

それはその人がバカですよ。

・・・バカの壁を取り払いたければ、

理をもって、理屈から解放してあげることが大事だと

今のタイゾーさんはそう考えますね。

・・・えっ?誰を解放するのかって?

・・・・

・・・・

・・・・そりゃァ、もちろん、自分をですよ。

一日一食しか食べれないよりも

一日三食も食べられることの方が素敵だと思うのは

そりゃァ、人として当たり前。

・・・そう、当たり前のことです。

 

その当たり前に感謝できれば、それでイイと

・・今のタイゾーさんはそう思いますね。

一日一食だろうが三食だろうが、

その人が食の営みに喜びを見出せるのであれば

タイゾーさんはそれで何も文句はありません。

おしまい